保育

覚えられる教

マイナスな発言を極力したくない私です。

保育でも、そんな自論を子どもに伝えちゃいました。

降誕劇の練習。

「覚えられへん」

っと、セリフをうまく覚えられない子がいいました。

みんなも、一緒になってうなずく始末。

まったくもう。

「あのさ~思うのはいいけど、口に出すのはやめよう。

 口に出すと、絶対覚えられないよ。

 覚えるの難しいなぁって思っても、‘絶対覚えられる’って言うの。

 そしたら、いつか絶対に覚えられるから。」

すると・・・

「絶対覚えられる 絶対覚えられる 絶対覚えられる・・・」

っと、色々なところから呪文のように唱える声。

子どもたち、必死です。

で、その日の午後にがんばって練習し

セリフを覚えられた子が何人も出てきました。

「ね!覚えられたでしょ~♪」

っという私に、「ほんまや~!!!」と驚きの目。

かわいいなぁ。

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勝手にヒートアップ

心の乱れは、原因をしっかりじっくり究明することで

少し理解できるようになってきた。

1人で勝手に感情をヒートアップさせていたみたい。

感情的になってはいけませんね。

母が焼き肉とコーヒー屋さんに連れ出してくれたので

ちょっと気分転換できました。

ふ~。

冷静に。

冷静に。

今日は穏やかに過ごせるでしょう。

有難みをかみしめて、保育しよう。うっし。

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有り難い

とある場所で見つけた言葉。

 

難題の無い人生は‘無難’な人生。

難題のある人生は‘有り難い’人生。

 

今日の心の荒波も、有り難いと受け止めよう。

ありがたや。

ありがたや。

トラブル勃発、有り難や~。

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36歳ふたつくくり

公開保育の研修へ行く機会がありまして、

新園舎と新園庭のまばゆいまばゆい幼稚園へ行ってきました。

とってもマンモスな幼稚園で、園児多!!

迷子になりそうな園内は、さすがリフォームしたてということもあり

どこもかしこも綺麗でした。

木のぬくもりあふれる雰囲気で、自然光の窓なんかもあり

素敵な環境でした。

保育室にひらがな練習帳やドリルがあったのは置いといて…

それより何より、印象に残ったのは保育者のみなさん。

‘ザ!幼稚園の先生!!’という雰囲気満載で

みなさんとってもハツラツとしていて元気。

明るくて、機転が利いて、フットワーク軽く

とっても好印象でした。

その中で見つけた保育歴16年目の先生!

おそろいのハーフパンツのジャージに、ピンクのエプロン。

長い髪を二つにくくって、とっても楽しそうに保育されていました。

あ~なんか。

元気出た。

元気もらったよ~。

まだまだ私もできるさ~。って。

その先生を見ていると、続けることに意味があるよね~って

思えるのでした。

そして、どれだけ経験を積んでも、学ぶ姿勢をとることが

いかに大切かって思えたのでした。

そんでもって、どうせ続けるならば

やっぱりちゃんと勉強して、子どもにとって正しい保育をしたいと

思ったのでした。

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こんなに疲れる?

空梅雨のお陰さまで、泥んこ遊び満載のここ最近のよーちえん。

楽しくていいんだけど、やたらめったら疲れるのさ。

帰宅してからの疲労感が尋常じゃない。

横になったらアウト。

体力なくなってきたのかねぇ。

今でこんなに疲れてたら、プールはじまったら職場で寝ちゃうよ。

明日も泥んこかしら…。

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イーゼルもどき

すのこを2枚使って、イーゼルもどきの完成!
 
 
パネルシアターやら、ビッグブックやら、日々のデイリーニュースやら。
   
大活躍しそうな予感!
   
   
もちろん職場でね。

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それが仕事

一年間の保育を終えて、いろいろな思いがかけめぐる。

仕事って、やっぱり人への思いやりがないとなりたたない。

楽しくないと、良い仕事はできない。

良い仕事をするためには、相手を思いやり、相手に思いやられ

お互いを認め合いながら仕事をしないといけないわけで

この人の保育はどう・・・とか、仕事の進め方がどう・・・とか

そういうことは二の次でいいんじゃないかと思ってます。

職場の雰囲気が楽しいものでないと、やっぱり仕事事態も楽しめない。

嫌な雰囲気の中で、どうしようもない人間関係の中で仕事したって

良い仕事ができるとは思えない。

特に、人と接する仕事をしていると、露骨にその部分が仕事に

反映されると思うんです。

技量うんぬんよりも、気持ちを大切にしたい。

‘そんなんきれいごとや’と言われようと、真面目にそう思うのだから

しょうがないでしょ。

職場の雰囲気が悪いのは、仕事の効率が悪いのは、

そこにいる人間が思いやれていないからだと本気で思います。

そして、それは自分自身が相手を思いやれていないということに

つながっているんだど思うんです。

相手を思いやるということは、ダメなこともダメときちんと伝えること。

それを伝えないことが‘相手を思いやる’というなら、それはちょっと

違うでしょうよ。

相手を思いやるからこそ、間違いを訂正すべきだし、訂正するにも

そこに相手を認めて受け止める気持ちを持っていないといけないと

思うんです。いや、ほんと。

それが出来てるかっていうと、できません。

やっぱり相手を受け止めるってのはかなり難しい。

難しいけど、そこはやっていかないとな。っとね。

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だめよぅ

あーあ。

また一人、親に字を教えられちゃった子が増えちゃった。

こればっかりは止めようがないんだよね。

字に興味も持ってないってのに、わが子に字を教える親

ほんと多い。

幼児向きの教材なんかも豊富やから、世間一般的に

‘教えないといけない的’な雰囲気にもっていかれているのかしら。

そんでもって、字がかけるようになることを喜ぶ親。

まぁ、そりゃ喜んでしまうよね。「あんたはえらい!」ってなるよね。

・・・でも、まだ幼児。

何事にも順序ってもんがあるやん。

なんでも人より早くできるようになるのが嬉しいってのはわかるけど

その代償があるってこともわかってないと駄目ダメ。

絵本やらなんやらを見ていて、自然と自分から文字に興味を持ち始めた子は

いいんだけどさ。

   

字って形ですよね。

覚えろって言われて覚えるのなんて、子どもだから簡単にしちゃいます。

でも、形を覚えるとそれしか書かなくなります。だって簡単だもの。

覚えた形を書くことなんて、簡単簡単。

「りんご描いて」って言っても「りんご」って書くようになります。字で。

つまり、絵が描けなくなるんです。

自分のなかに湧いて出てきた想像が、絵としてうまく表現できなくなる。

字を覚えさせようと必死になってきた親は、そうなってしまってから

今度は絵を描くように言うんです。だいたい。

でも、もう遅いってば。

字を書くなんてことは小学校に入ってから嫌でも教えてもらえるんだから

それまでに書けるようになっていなくっちゃなんて思わなくていいのに。

急がせなくても、字に興味はもつし、読めるようにも書けるようにもなるんです。

幼児の頃は、そんな教えられた形を書くことよりも

のびのびと自由な線で絵をかくことのほうがず~っと大事。

心の成長がどれほど違うか。

どうか、どうか、幼児をお持ちのお母さん方。

字を教えないでくださいませ。

興味をもったときに、軽く乗っかってやるくらいで結構ですから。

お願いしますよ。 ほんと。

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『ぼく びょうきじゃないよ』

今日の絵本。

くませんせいの登場で、眼がランランとしている子どもたちが
おもしろすぎる。

ユーモアあふれる絵本で、こどもに媚びていない感じが気に入った。

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よくやった!

よくやったよ。

ほんと、よくやった。

頭痛かったのにさ。

喉がいがらっぽくて、ガラガラだったのにさ。

よくやったよね。私。

今日はクリスマス会でした。

私のクラスのこどもたちは合奏と歌を披露したんですよ。

やらせなくても、ここまで出来るもなんだなぁとつくづく感心。

むしろ、やらせないほうが、ここまで出来るものなんだなぁとほとほと勉強。

‘がんばってやる発表’ではなく、‘楽しんでやる発表’。

子どもたちは本当に楽しそうで、嬉しそうで、喜んでいました。

成長したなぁ。 

嬉しいけど、頭がいたい。。。

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